進路講演会の目的
浦高では、第一線でご活躍されている先生方をお招きし、全校生徒を対象に『進路講演会』を実施しています。原則として、隔年で文系理系の分野の先生方に講演をお願いしています。
 多様な可能性を秘め、自我を確立させていく高校生という時期に、一流の先生方の専門的なお話やものの考え方、そのお人柄にふれることは、貴重な経験とし て生徒の心の中に残り、その将来に何らかの示唆を与えていくものという主旨から、30年以上にも渡って、毎年、講演会を実施してきています。
過去の講演者
平成に入ってからお招きした講師の方々と演題(肩書は講演当時)

H1伊藤 恵造氏 第一不動産
H2安江 良介氏私たちはどのような時代に生きているか岩波書店社長
H3大江 健三郎氏生きてゆくうえでの言葉作家
H4西沢 潤一氏半導体の研究東北大学学長
H5小川 邦雄氏テレビ報道の現場でTBS
H6阿部 勤也氏ヨーロッパ中世から差別を考える一橋大学学長
H7利根川 進氏私が歩んだ道と21世紀の科学マサチューセッツ工科大学
H8吉田 康彦氏地球市民として生きる-世界に羽ばたけ浦高生-埼玉大学教授(元国連職員)
H9有馬 朗人氏原子核物理学における日本人の独創性中教審会長
H10今井 澂氏日本経済の長期的な流れエコノミスト
H11養老 孟司氏情報社会と若者東京大学名誉教授
H12ピーター・フランクル氏 数学者
H13谷垣 博保氏外交官の仕事外務省技官
H14江崎 玲於奈氏自己の発見と実現芝浦工業大学学長
H15蜷川 幸雄氏人生を演出するということ-高校生へのメッセージ-演出家
H16白川 英樹氏導電性高分子の発見と開発~私のセレンディピティー~筑波大学名誉教授
H17北城 恪太郎氏未来のリーダーへ きみは何のため学び働くのか経済同友会代表幹事(日本IBM会長)
H18小柴 昌俊氏ニュートリノ東京大学特別栄誉教授
H19中嶋 嶺雄氏グローバル化時代の我が大学の挑戦国際教養大学学長(元東外大学長)
H20茂木 健一郎氏脳と創造性脳科学者
H21蓮實 重彦氏他人とは何か元東京大学総長
H22若田 光一氏国際宇宙ステーション長期滞在飛行に参加して宇宙飛行士
H23柴田 元幸氏英語を読む、小説を訳す東京大学教授
H24鈴木 章氏Nobel賞を受賞して北海道大学名誉教授
H25田中 明彦氏21世紀の世界システムと国際協力国際協力機構(JICA)理事
H26天野 篤氏浦高生なら熱く生きよう心臓外科医(順天堂大学教授)
H27藻谷 浩介氏数字から知る日本経済の実相――そしてあなたの人生は?
日本総合研究所主席研究員
H28山海 嘉之氏サイバニクスによる未来開拓最前線〜人・ロボット・情報系が融合複合する社会
筑波大学教授
H29加藤 泰浩氏研究する人生とは ―浦高卒業生として私が目指すこと―東京大学大学院教授
H30苅谷 剛彦氏大学で学ぶ・世界で学ぶオックスフォード大学教授
    
    

2018年度 オックスフォード大学教授 苅谷剛彦先生
12月13日(木)の3,4限を利用して、進路講演会が行われました。
講師はイギリスのオックスフォード大学の教授で著書も多数ある苅谷剛彦氏でした。
苅谷氏には「大学で学ぶ・世界で学ぶ」という演題で、これから22世紀にかけて日本人として、高校生として、どのように学ぶべきか、何が必要なのかということを、
日本の「勉強」する文化の歴史から始まり、オックスフォード大学と東京大学の学生の違いや授業の違いなど多岐にわたる話がありました。
 
講演後の質疑応答にも多くの生徒が質問し、その質問に対し苅谷氏は丁寧にお応えくださいました。
苅谷氏からは「21世紀を生き抜く高校生に考えてほしいこと」として浦高生に対し、熱いメッセージを頂きました。
生徒の目標が大学進学になるのではなく、これからの日本や世界を支えるために何をすべきかという目標のきっかけになればと思います。
 
2017年度 東京大学大学院工学系研究科教授 加藤泰浩先生
11月24日の3,4限に進路講演会が行われました。浦和高校では毎年秋に「進路講演会」と題し、各界の第一線でご活躍されている先生方をお招きして、全校生徒にお話いただく機会を設けています。

今回お招きしたのは、東京大学大学院工学系研究科教授 加藤泰浩先生でした。
先生は本校の卒業生であり、毎年実施している東大見学会でもお世話になっています。
大変にお忙しい中、浦高生のためだけに用意されたパワーポイントで講演をしていただきました。
 
加藤先生は2011年7月、英国科学誌ネイチャー・ジオサイエンスに、太平洋の深海底にレアアースを含む泥の大鉱床があることを発表して世界中で大反響を呼びました。
それ以降、3年連続で読売・朝日・日経などの主要紙の1面トップを飾るなど、さらに世界中のメディアで大きく取り上げられています。
また、南鳥島周辺の排他的経済水域内にもレアアース泥鉱床があることを発見し、世界初の海底鉱物資源開発への期待も高まっています。

本日の題目は「研究する人生とは ―浦高卒業生として私が目指すこと―」でした。
レアアースの話はもちろん、浦高卒業生ならでは話も多々あり、多くの生徒の興味関心を惹きました。講演後も質問が絶えず、講演会後に直接先生に質問しに行く生徒も見られました。
これから受験へと向かう3年生だけでなく、1,2年生にとっても、大学へ進学する意味や第一志望を貫く意味も考えさせられる講演会となりました。
 
 
2014年度 天野篤氏 順天堂大学医学部附属順天堂医院副院長

2014年10月21日(火)、順天堂大学医学部附属順天堂医院副院長 天野篤先生をお招きし,「浦高生なら熱く生きよう」というテーマで、進路講演会が行われました。

 
天野先生は平成24年2月天皇陛下の「冠動脈バイパス」手術の執刀医として見事にその重責を果たし、一躍時の人となりました。
現在は順天堂医院副院長として病院運営に携わる中、年間約500例の心臓大血管手術を執刀、全国から訪れる重症患者に対応、特に80歳以上の超高齢者には、10年以上かけて熟成した医療チームで安定した成績と患者さんの満足度を追及し続けていらっしゃいます。

講演会では、「熱く生きよう」という題目通り、浦高生はどうあるべきか、医者はどのようにあるべきかなど、天野先生の生き様が伝わる熱い講演会となりました。
特に、大学時代から現在に至るまでのお話や、受験前の心構え、大学に入った後の心構えなど、OBの天野先生から頂く言葉は浦高
生にも大きく響いたのではないでしょうか。

講演後も生徒からの質問が絶えず、時間ぎりぎりまでの質疑応答となりました。

また、今年度は天野先生のご厚意により、3名の生徒がそれぞれ3日間、順天堂大学病院で医師体験をしてきました。ICU(集中治療室)、カンファレンス(症例検討会)、手術の現場を実際に見学させていただき、高校生では到底できない貴重な経験をさせていただきました。
この3名も講演後、校長室にて天野先生と久々の対面もできました。

天野先生には、浦高生にあてて以下のようなお言葉を頂きました。

2013年度 田中明彦氏 国際協力機構JICA理事長
2013年10月24日(木)、国際協力機構JICA理事長 田中明彦先生をお招きし,「21世紀の世界システムと国際協力」というテーマで進路講演会が行われました。
割れんばかりの歓声と拍手の中、田中先生が入場されました。


 パワーポイントを用いながら、国際協力機構JICAの取り組みの紹介と、日本と世界との関係から見た国際協力のあり方を、具体例を通じてわかりやすくお話頂きました。
 
国際協力の取り組みの紹介のあと、なぜ国際協力をするのかという問いに対し、先生は日本に有益となる安全保障戦略・成長戦略・外交戦略の一環ということももちろんあるが、同じ人間の一員として、困っている国があれば手を差し伸べるべきというお話をされました。また、浦高生に対し、浦和高校の伝統を踏まえながら、国際協力に限らず世界的規模で物事を見て欲しいというお話もされました。

 
講演後の生徒からの質問にも丁寧に答えてくださいました。
 (質疑応答の一部)
○将来国際協力に関係した仕事に就きたいが、英語以外の言語によるコミュニケーションができるか不安。
 まず英語をしっかり勉強すれば、他の言語も覚えやすいし、英語によってある程度の問題は解決できる。
○国際協力というと技術支援(理系)というイメージだが、文系でも国際協力ができるのか。
 技術支援を円滑に進めるための法整備や経済マスタープランの作成など、現場では法学や経済学の知識が求められる。また教育学や文化人類学などの分野も国際協力において重要であり、文系が国際協力において十分に貢献することができる。

2012年度 鈴木章氏 北海道大学名誉教授
2012年11月26日(月)、ノーベル化学賞受賞者鈴木章先生をお招きし,「Nobel 化学賞を受賞して」というテーマで進路講演会が行われました。

割れんばかりの歓声と拍手の中、鈴木先生が入場されました。
パワーポイントを用いながら、ノーベル化学賞を受賞した「鈴木カップリング反応」についてや、化学の世界に足を踏み入れたきっかけ、これからの化学に向けて高校生がすべきことなど、分かりやすく熱いお話を頂きました。

また若者に向けて、このようなお話もされました。
よくマスコミから「若者の理系離れが進んでいる」と言われ、危機感がある。
日本は資源がない。石油はなく、石炭は深くて採算が取れない。今後はサイエンス・テクノロジーをベースにして、付加価値を付けるしかない。安くて中程度の技術でできるものは、人件費の安い国に負ける。サイエンスの世界は面白い。まだまだ分からないことがある。
やるべきことは、まだまだたくさんある。


講演後の生徒からの質問にも丁寧に答えてくださいました。
(質疑応答の一部)
Q1:鈴木カップリングの応用範囲の広さを、研究当時は考えていたか?
A1:考えていなかった。
   工業的に使われているのは、企業の研究者の努力による。
   特許をとらなかったが、世界中の人が自由に使ってくれる。
   自分はラッキーな研究者だと思う。

Q2:役に立たないかも知れない研究を続けるため、どうモチベーションを維持するか?
A2:まず、知らないことを知る楽しみがある。
   それに、将来は役に立つかも知れない。



以下は生徒の感想です。


●まず、ノーベル化学賞を受賞された鈴木先生のお話をお聴きできるという貴重な機会をいただけたことに感謝します。
先生がノーベル化学賞を受賞された当時は、私にはまだ有機化学に関する知識がほとんどなく、メディアなどが特集してクロスカップリングについて説明をしていてもよく分からなかったのですが、今日のご講演を聴いて、2年前よりはクロスカップリングについて理解することができ、また、同時に、化学の世界の深さを強く感じました。また、82歳となられた今でも世界中でご活躍されている先生の体力と精神力の強靱さに驚きました。
私は、大学で理系分野を学ぶつもりなので、常に“Optimistic”な姿勢で今後も勉学に励んでいきたいと思います。
本日はありがとうございました。


●今回の講演会で最も印象に残ったことは、「今は役に立つか分からないことでも、今後に役立つかもしれないから研究を続ける。役に立つかどうかに関わりなく人の知らないことを発見することに意味がある」ということです。この言葉は、まさに、科学研究の真髄を表していると思っています。大学以降、科学研究をするにあたってこのことをしっかりと肝に銘じておきたいです。
また、日本は資源の少ない国で、付加価値の高い技術が日本の発展に必要だというご意見も大いに納得できるものでした。今まで、日本が培ってきた科学技術を、我々若い世代が更に発展させていくことが大切だと思っています。


●本日はありがとうございました。鈴木先生のいろいろなお話をとても興味深くお聴きしました。ノーベル賞を受賞された方のお話を、直接、伺える機会はそうあることではないので、貴重な体験をすることができました。一生の思い出となりそうです。
 先生が、最初は数学の道へ進もうと考えていらっしゃっていたというのは意外でした。人生は分からないものだと思いました。化学者として世界の役に立ちたいという情熱がノーベル化学賞の受賞につながったのだと思います。たとえ失敗ばかりでも、目標を失わずに持ち続けることが研究を続けられる秘訣なのだなと思いました。目標を持って生活することの大切さを改めて感じました。実際、どの道に進んだとしても、いつも順風満帆であるなんてことはあり得ません。上手く行かなくても、挫けることなく前向きな考えをもって生活していくことが大切であると受け取りました。
僕が驚いたのは、先生が今でも研究を続けたいと思っていらっしゃるという気持ちでした。一線を退いた後も世界中の様々な論文を読まれ、それを本としてまとめようとなさっている先生の姿勢に深い感銘を受けました。やはり本当に化学が好きで、まだまだ学びたいと思うからこそできることだと思いました。
僕にはまだ明確にこれをやりたいと言えるようなことがありませんが、一生を通じて取り組めるようなことに出会えるよう頑張っていきます。


●最近の若者はダメだと世間で言われる中で、「今の若者にはやるべきことがたくさんある」という鈴木先生の御言葉を聞き、私も世の中に役立つことかどうかわからなくても、新しい事実を見つけ出すために努力したいと思うようになった。私は今、宇宙工学の道を志している。宇宙開発をして、直接的には今の人類に役立つことではないかもしれない。だが、鈴木先生の力強い御言葉を心に刻み、将来の人類に役立つことを信じて進んでいきたいと思う。


●御講演をしていただきありがとうございました。ずっと前からこの講演会を非常に楽しみにしていました。有機化学,無機化学に関しては、既に学校の授業で学習していたので、理型を選択している私には御講演のすべてが興味深かったです。
先生のお話から化学の無限の可能性を感じました。
無機化学は、金属化合物といったような様々な元素で構成されているものが面白いと思う人も多々いるとは思いますが、私は、有機化学で、C,H,O,Nといった基本的な元素で構成されているものを変化させていって様々な物質をつくっていくのが面白いと思っています。将来は、薬学の道に進みたいと思っているのですが、先生のお言葉を胸に、世界のどこかで世界を支える人間になれるよう頑張ります。


●鈴木クロスカップリング反応は、科学の甲子園の問題としても出題されていましたが、様々なところで応用されていることを知って驚きました。医薬品や農薬を始めとして発光ダイオードなどにも使われているということを考えると、鈴木カップリング反応は、今の私たちの生活に欠かすことができないものになっていることが実感できました。また、初めは数学の道を志していたにもかかわらず、本や師との出会いを経て有機化学合成という数学とは方向性の違う道へ進まれたということをお聞きし、人生はどうなるか分からないけど、自分が興味を持ったことや究めてみたいと思ったことを追求していけば、必ず道が開ける時が来るのだということを感じました。また、海外にも視野を広げて活動していくことの大切さも分かりました。僕も海外へ行く機会があれば、それを逃さないで、日本のみならず世界で活躍できるような人になれるように努力していきたいと思います。


●鈴木カップリング反応というものが、どのようなところで使われているのか知らなかったので、使用例のほんの一端だけでもスライドという形で見られたことが新鮮でした。スライドがすべて英語で書かれていて、理系こそ英語が必要であるという現実を改めて突きつけられた気がしています。たった半世紀前の頃のこと、今のように自由に洋書を買えなかった時代に、学問や研究をする苦労がしのばれる話をお聴きしながら、今は、学ぶ気があれば、如何に容易に学べるのかということがよく分かりました。
特許も取らず、莫大なお金を稼ぐこともしないで、自分の研究を人のためにしていくという姿勢に心が動かされ、世のため人のために働ける人間に自分もなりたいと強く思いました。ありがとうございました。

2010年度 若田光一氏(高34期)  JAXA宇宙飛行士

2010年11月15日(月)、本校の卒業生(高校34期)でJAXA宇宙飛行士の若田光一さんをお招きし,「国際宇宙ステーション長期滞在飛行に参加して」というテーマで進路講演会が行われました。

 若田さんは,昨年(2009年)のISS(国際宇宙ステーション)での長期宇宙滞在に際し、本校の教育目標である
「尚文昌武」の文字が記された旗を、OFK(Official Flight Kit:公式飛行記念品)として携行されており、その旗を本校に返還することも今回の来校の目的のひとつでした。

 会場の体育館での割れんばかりの歓声と拍手の嵐の中を、校長に案内されながら若田さんが入場しました。校長のあいさつに続いてOFKの返還式が行われ、ステージの中央で、若田さんから校長へ「尚文昌武」の旗が返還されました。

 返還式の後,若田さんは、パワーポイントを活用しながら,宇宙空間(無重量空間)における様々な実験や宇宙空間での日々の生活、出来事などについて説明 されました。その中で,日本人宇宙飛行士の活躍の歴史,若田さんご自身のミッションの成果についても触れられました。

 さらに、ビデオ映像を流しながら,4か月半におよぶISS内での生活がどのようなものであったかなどについて詳しくわかりやすく生き生きと説明されまし た。ISSから地球を見ると,そこにいられることと生命への感謝の気持ちがわき起こり,スペースシャトルで地球に帰還するときにISSを外から見て,人類 の科学技術に感動されたお話もいただきました。




 講演後に恒例の質疑応答があり、ステージの袖のマイクには20人ほどの生徒が列を作りました。若田さんは、一つ一つの質問に「とてもいい質問だね。」と声をかけられ、熱く丁寧に生徒に答えられました。主な内容は次の通りです。

Q: 宇宙飛行士に選ばれたときのご自身の強みは?
A: 何処でも寝られること。誰とも仲間として仕事できる協調性や専門性。

Q: 文系の人間でも宇宙に関われますか?
A: 多くの専門家がJAXAにいる。法律・外交的分野は文系である。

Q: 次の夢は?
A: 日本人を多く宇宙に送ること。日本の科学技術力で有人ロケットを打ち上げたい。

Q: 宇宙人・UFOを見ましたか?
A: UFOは探したが見られなかった。しかし,宇宙人はどこかにいるのではないかと思う。


 質問を希望した生徒の列は,終了予定時間までなくならず、5人の生徒が質問できないまま、講演会は興奮と感動の渦の中で終了しました。


 この講演会で、若田さんからは、以下のような熱いメッセージを本校生にいただきました。

 ○
人生は自分に対する挑戦である。他人はごまかせても自分は騙せない。
 ○浦高精神で
広くアンテナを広げ,興味を持て。語学は重要だ。
 ○
この時期学んだことは無駄にならない。将来の知識の尺度となり,その先の夢に繋がる。
 ○
日本の多くの方々の毎日の努力の積み重ねが日本人を宇宙に送り出すことにつながった。
 ○
この中から宇宙を目標にする仲間が出て欲しい。

 ※この日の講演会の様子は、新聞(朝日、毎日、読売、埼玉、産経)、テレビ(NHK、テレ玉)で報道されました。


参考:「尚文昌武」の由来とは?

 「尚文昌武」の扁額は、第2代校長 藤井宣正(ふじいせんしょう・明治30年11月~明治33年11月在職)が、校長を辞するにあたって生徒への鑑誡として、自らの書を残したものです。
 もともとの額は、白木に4文字を彫り、白く胡粉を入れたものだったそうですが、昭和57年頃、地に紅殻を塗り文字に金箔を入れ、今の形で修復したようです。
 この「尚文昌武」の言葉は、漢籍に原典が見つかっていないとのことで、浦和高校百年誌には次の説が載っています。


  
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 「尚文昌武」を訓読した場合、「
文を尚(とうと)び、武を昌(さかん)にす」と読める。しかし、この語は他所に原典が無く藤井宣正のオリジナルである可能性が高い。また、「尚文」「昌武」という熟語も一般的ではなかったらしい。
 当時の人の感覚で読むと「尚武」の語が人口に膾炙していただけに、「尚」と「武」が二つに分けられたと見る人はかなりいると思われる。
 つまり、
「尚武」という語を二つに割り、なかに「文昌(ぶんさかんなり)」という語を織り込ませた可能性がある。ここで「尚・文昌・武」という構造が見えてくると、はじめて、藤井宣正の意図にたどり着くのである。
 こうした経緯で成立した「尚文昌武」は、「
勉強とスポーツを両立する」という現代的意味としてよみがえっている。百年前の造語が、こうして制作者の意図の通り尊重され、他校にない浦高だけの言葉として浦高を支えている。
 
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