校長講話(定時制)

校長講話(定時制)

三学期始業式

 新年を迎え、3学期がスタートしました。

 しかしながら、年末から新型コロナウイルスによる感染が爆発的に拡大している状況となり、埼玉県を含む一都三県に昨日緊急事態宣言が発令されました。期間は2月7日までとなっていますが、延長されることになるとの声もすでに出始めている状況です。

 県内すべて県立学校は活動を継続しますので、浦定も基本的には通常の授業を継続していきますが、遅くとも午後9時前には下校できるようにします。緊急事態宣言下ですから感染予防の更なる徹底が求められることは言うまでもありません。確認すると、

① 何よりも、規則正しい生活習慣の徹底し、体調管理に努めること。そして、もしも体調不良の際には登校せずに、医療機関等に相談すること。

② 手洗いの徹底と適切な換気と保湿、マスクの着用を徹底すること。

③ 不要不急の外出をさけること。

④ 生徒のみでの会食の自粛と、食事中の会話禁止を徹底すること。

 以上の4項目については、改めて確認のうえ厳守してください。

 感染防止には、各個人一人一人の自覚がまずは第一。そして、我慢すべきことは我慢しつつ、前向きにできることをしっかりやっていくことが求められます。

 

 さて、今年は丑年です。「牛」は古くから人々を助けてくれる大切な生き物で、大変な作業を最後までこなす働きぶりから、丑年は「我慢」を表す年とも言われているそうです。ここまでだと、文字通り感染拡大が収まるまではひたすら「我慢」せよ、ということになってしまいそうですが、続きがあります。

 「我慢」を表す年ということから、丑年には先を急がず目の前のことを着実に進めることが、将来の成功につながっていく、とされているのだそうです。これだと、今年は将来の成功につなげるためにできることをしっかりやっておく年だ、という先ほど言ったことと同じになります。

 では、「できることをしっかりやる」にはどうしたらよいか。それは、「やることは自分でやると決意してやる」ことです。

 「やれと言われたから」とか言って、やらされているかのような意識でやっても、多くの場合大した成果は得られません。やれと言われたからやるのと、自分でやろうと決意してやるのとでは、その人の取組自体に大きな差が出ます。

 なぜか。言われたからやるという意識の人は、うまくいかないときにそのことをやれと言った人のせいにしてしまう。「やれと言ったからやったけど、ちっともうまくいかないじゃないか。どうしてくれるんだ。」となるわけです。そもそも、言われたからやっている程度の意識では、本気になどなりません。だから、うまくいかないことがしばしばおこる。

 でも、自分でやる決意をしたなら、うまくいかないときにその責任は自分で持つことになる。自分でやると決めたのだから、人のせいにはできない。だから、そうならないように頑張ろうと思えるし、実際本気でチャレンジできる。その姿勢があるから、困ったときには周りが助けてくれたりもする。結果としてしっかりやれる、うまくいくことにつながるわけです。さらに、決意して本気で取り組んだことなら、その結果を問わず、やったことへの満足感が得られる。自分なりにやることはやった。やってよかった、と思える。例えば、部活動を本気で頑張った人は、ここ一番の試合に負けたとしても自分がやってきたことには満足感も誇りも持てる。その感覚はわかるでしょう。

 大事なことは、「やることは自分でやると決意してやる」。そうやっていると、仮にやることが多くて忙しくなっても、その忙しさが楽しさにつながる。充実感を味わえるようになる。そういうものです。

 今日は、「やることは自分でやると決意せよ」という話でした。

 お互い、体調管理には十分留意して、3学期を充実したものにしましょう。

 

二学期終業式

 今日はクリスマス・イブです。キリスト教では、イエス・キリストの誕生日がいつかということは語られていないそうで、12月25日というのはキリストの生誕を祝う日だということです。では、なぜ12月25日を祝う日としたのか。有力な説としては、当時の社会ではそもそもこの日に大きな祭りを行う風習があったそうで、現に当時のローマではこの日は祝日であったそうです。そして、この祝日は「征服されることなき太陽の誕生日」として祝われていました。この「太陽の誕生日」とはどういう意味なのか。実は、秋分が過ぎて冬至に向かって昼間の長さがどんどん短くなってきます。これは太陽が沈んで、つまりこの世からなくなり、世界がこのまま闇に包まれてしまうのではないかと想像させるような変化です。それが冬至を境に昼間がまた伸び始めることから、つまり太陽がまた昇ってくる、太陽が誕生するということで、冬至の次の日が太陽の誕生日というわけです。当時の冬至は12月24日だったことからこの太陽の誕生日が12月25日となり、その日をキリストの生誕を祝う日、つまりクリスマスとしたのが4世紀初頭だということです。長々と説明しましたが、こんなことを知っていると、冬至はクリスマスの少し前であることがわかるわけです。ちなみに今年は12月21日でした。

 

 さて、今年も残すところわずかとなりましたが、結果的に新型コロナウイルス・パンデミック対応に明け暮れた一年となってしまいました。この年末年始に感染拡大の危機感がまた高まっており、年末年始の活動自粛が要請されるとともに、学校も部活動の活動中止期間が1月17日まで延長されることになってしまいました。来年になっても、しばらくはこの事態が続くことを覚悟しておく必要があります。

 こんな状況になったとき、中にはできないことを嘆いたり、怒ったり、そうして腐ってしまう人もいます。できないことを他人のせいにして、自分が思うようにできないのは周りのせいにする人も見受けられます。でも一方で、いつものことができなければ、その代わりにどうするか、何ならできるか、この危機をどう生かそうかと、前向きに「臨機応変」に対処している人もいる。人としてどちらがタフか、どちらが逞しく自分の未来を切り拓いていけるかといえば、後者であることはわかるでしょう。

 物事を人のせいにしているうちは、大きな成長は望めません。なぜなら、人のせいにするということは、自分の事として考えることから逃げてしまうということです。責任から逃げて思考停止しているということです。それでは成長できるわけがない。自分の将来には自分で責任を負わなければなりません。だから、自分なりに前向きに精一杯考えもするし、正しいと思う判断をする。当然、失敗することもある。でも、自分なりに前向きに精一杯やってみようと思う気持ちさえあれば、必ず道は拓けてくるものだと思います。そして、逞しく世の中を生き抜いていくだけの力もついてきます。

 

 昨今は、効率ばかりを追い求めていて、寄り道は無駄だと思われているようなところもありますが、実は心に「余裕」を持っているかがとても大事です。余裕がなくなると判断ミスはするし、物事うまくいきません。落ち着いて、余裕をもっていてこそ、人は持てる力が発揮できるものです。ですから、時には寄り道するもよし、立ち止まるのもよし、だと思います。その代わり、自分なりに前向きに精一杯やってみようという気持ちを忘れない、自分の事として考えることを忘れない、それが大事です。

 明日からはゆったりとした気持ちでリフレッシュをして、どうぞ良いお年をお迎えください。また、1月8日に会いましょう。

 

二学期始業式 講話

 2学期になる頃には新型コロナウイルスの感染拡大も沈静化しているのではないかという、淡い期待は見事に裏切られました。状況は改善の見通しが立たず、長期戦を覚悟しなければなりません。

 長期化するとだんだん意識が緩んでくるのが人の常ですが、今一度意識を強く持って、引き続き感染拡大防止の対策を個々の責任でしっかりとりつつ、制約のある中でも充実した生活を続けていきましょう。

 

 さて、コロナ禍では、やりたいと思うことでも制約があってできないことが多々あります。行きたい所があっても、行動自粛の中で我慢せざるを得ない。見たいイベントも開催されなかったりする。そう考えると何ともやるせなく、一気にストレスが溜まりそうです。でも、じゃあその打開策があるかといえばありません。自分ではどうしようもないことです。

 自分ではどうしようもないことに遭遇した時にどうするか。参考までに個人的に常に意識していることを紹介します。それは、自分の力の及ばないことをあれこれ考え、悩んでも仕方がない、ということ。つまり、自分の力の及ばないこと、自分ではどうしようもないことにあれこれ悩むより、自分ができることに全力を尽くすことが肝要である、ということです。

 できないことを残念がっているのではなく、趣味でもアルバイトでも、もちろん勉強でも、やる時間ができたと前向きにとらえてチャレンジすることが大切ではないでしょうか。人は気持ちの持ちようで、ストレスのかかり方も変わればやる気も変わります。

 アドラー哲学って聞いたことがあるでしょうか。その中には、「課題の分離」という考え方があるそうです。そこでは、ある課題があったとき、それは誰の課題なのか、その課題に対して行った選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰なのか、ということをはっきりさせることを迫ります。そして、最終的に引き受けるのが自分であるものは、自分の課題として引き受けなければなりませんが、そうでないものは他者の課題ですから踏み込んではいけない、と説いています。例えば、勉強するという課題は、間違いなくその本人の課題です。ですから、学校で先生方は皆さんを励ますべく精一杯の援助や声掛けはできますが、皆さんが自分の責任において勉強に取り組まなければなりません。仕事についても同様です。一方で、親しくても他者の課題には、無責任に踏み込むべきではない。結末を引き受けるのはその他者なのだから。そのかわり、何もできないのかといえばそうではなくて、必要となればその人のためにできるかぎりの援助はできる。そう説いています。

 制約のある日々がしばらく続くとしても、できないことを嘆いていては何ら建設的ではありません。自分の課題として、勉強はもちろんアルバイトや自分なりの興味や関心のあることなどで、やれることはまだまだあるはずです。できた時間を有効に使って、是非できることにチャレンジしてみてほしいと思います。

定時制 一学期始業式 校長講話

【令和2年度 1学期始業式 校長講話】

 新型コロナウイルス・パンデミックという、人類が過去100年に直面したことのない緊急事態に見舞われたことにより、令和になって最初の新年度が昨日まで臨時休業となり、実質今日からの始業となりました。ただし、皆さんもご存知のとおり事態は収束に向かいつつあるというだけで、完全に収束したわけではありません。

「生物と無生物のあいだ」などの著書でも知られる生物学者の福岡伸一氏は、新聞に次のようなことを寄稿されています。

○  ウイルスは一方的に襲撃してくるのではない。ウイルスは宿主の細胞内に感染するわけだが、それは宿主側が極めて積極的に、ウイルスを招き入れているとさえいえる挙動をした結果である。

○  そもそも、ウイルスは高等生物の遺伝子の一部が外部に飛び出したものとして、はじめて現れた。そしておそらくウイルスこそが進化を加速してくれるため、遺伝情報の水平移動のツールとして進化のプロセスで温存されてきた。

○  つまり、ウイルスは私たち生命の不可避的な一部であるがゆえに、それを根絶したり、撲滅したりすることはできない。私たちはこれまでもこれからもウイルスを受け入れ、共存し共生していくしかない。

私たちは、新型コロナウイルスウイルスとも共生していけるよう、うまく付き合っていかなければならないのです。

そのためにも、皆さんには臨時休業中の経験も踏まえて、周りにあまり依存することなく、自分でやろう、やれるようになろうという意識を持って、これからの新しい生活様式を実践してみてほしいと思います。

例えば、日々の学習もこれまで当たり前だと思っていた学校での授業が、実は当たり前ではなかったことが明らかになりました。外出自粛の中では、自分だけで何とか勉強しなければならなかったはずです。このような事態はこれからも起こり得ます。学習も言われたことを仕方なくやるのではなく、自分でやり方をマスターして好奇心を持って実践できなければなりません。感染症への予防についても、家庭や学校がいくら気を付けても一人一人が感染対策への意識と正しい認識を持っていなければ、感染リスクを回避することも拡大を防止することもできません。

感染症対策の徹底について、今一度ここで確認しておきます。基本的な感染予防対策のポイントは3つです。1つ目は、「3つの密」を避け、身体的距離を確保すること。2つ目がマスクの着用。そして3つ目が手洗いです。その他、日常の健康チェックにより、熱や風邪の症状があるときは自宅で療養することも皆さんならおわかりだと思います。

これからは学習も感染予防も、皆さん一人一人がやるべきことを認識して実践できなければなりません。ぜひ、そのことにチャレンジして、今回の経験を皆さんの将来にプラスへと変えてもらえることを願っています。

令和2年6月1日 

埼玉県立浦和高等学校長 水石明彦

 

定時制入学式 校長講話

【令和2年度 定時制入学式 校長式辞】

 

 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんは令和となって最初の浦定入学生です。当初の予定から2か月遅れとなってしまいましたが、定時制課程教職員を代表して、心より歓迎するとともにお祝いを申し上げます。

 本校の定時制課程は、旧制の敬和中学校として昭和16年に併設され、昭和の戦中・戦後を経て、平成、そして令和と、79年の歴史と伝統を有しています。これまでに2千人を超える卒業生が、それぞれの時代の様々な社会状況の中、この浦定で学び、着実に実力を身に付け、社会へあるいは上級学校へと巣立ってまいりました。

 さて、今世界は気候変動など地球自然環境の急激な変化、少子高齢化や地方の過疎化、生産年齢人口の減少などの社会課題への対応、AIやIoT、ビッグデータといった新たな価値の創造など、これから先がどんな時代なのかが見えない劇的な変化の只中にあるといっても過言ではありません。

 そこに、今回の新型コロナウイルス・パンデミックという過去100年に人類が直面したことのない緊急事態がおこりました。「民主主義」や「市場経済」を揺るがすほどの危機と言われるような事態です。現代を生きる我々は、こうした危機を乗り越えて劇的な変化の中で新たな世界、そして社会を構築していかなければなりません。そして、皆さんは新しい発想で構築されるであろうこれから先の社会を、希望をもって前向きに生きていかなければなりません。ですから、浦定での生活では、学び、仲間と関わり合い、思い切り楽しみ、また一方で社会の厳しさをしっかり認識しながら、卒業までに社会で自立できる地力を身に付けてほしいと思います。

  今日から浦定での生活が始まります。そこで、生活していくにあたっての心得を2つ贈ります。

 一つは、「希望を持つ」ということです。これから先の人生では、もしも困難な状況、苦しい状況にあっても、皆さんはそれを乗り越えて道を開いていかなければなりません。そのためには、困難にも負けない、諦めない気持ちを持ち続けることが必要です。失敗は誰にでもあります。恐れることはありません。むしろ、失敗によって人は成長するのですから、失敗することはとても大切なことです。ところが、すぐ諦めては失敗すらできません。諦めない気持ちがとても大事なのです。そして、その諦めない気持ちを持つコツが、苦しい状況でも希望を持ち続けることなのです。我々が生きる激動の時代は、待っていても先への希望など持たせてはくれないでしょう。それでも、希望を持つことさえやめなければ、皆さんの将来への道は必ず開かれます。

 もう一つは、「自分の頭で考えるための基礎を身に付ける」ということです。当たり前と思うかもしれませんが、人は言葉でものを考えます。つまり、考えることを可能にするだけの言葉、語彙力が必要です。加えて、考えを深めるにはその分野の基礎知識がなければなりません。現代人の考える分野は多岐にわたりますから、幅広い基礎知識を身に付けておく必要があります。知らない分野に興味を持ったときに、その分野の情報を収集する方法もわかっておかなければなりません。これらの習得は、授業を中心にしっかりサポートしますから、安心してついてきてください。それから、深く考え正しく判断するには、日ごろから周りの人の話や意見をしっかり聞くことがとても重要です。自分の意見もしっかり聞いてもらい、議論をする必要もあります。つまり、コミュニケーションが大切なのです。では、周りの人と良好な関係を築くコツは何かと言えば、相手の良さを見つけることです。人を批判したり中傷したりする傾向が、特にSNS空間では強まっているようですが、それはコミュニケーションと対極をなす行為です。皆さんには、まずは浦定の仲間とお互いの良さを認め合う、そんな関係を築いてほしいと思います。

 浦定は、少人数の教育環境を活かして、アットホームで一人一人としっかり向き合える学校です。加えて、地域の企業や自治会などと連携し、外の世界とも関わりながら社会で立派にやっていける一人前の大人になることを目指してもらいます。ですから、浦定での生活においてもダメなものはダメです。あいさつをする、時間を守る、ルールを守るなどについて、浦定でも十分意識して生活してください。

 結びに、新型コロナウイルス・パンデミックの影響で、この入学式が当初予定された日から大幅に遅れ、規模も縮小しての開催となったことは大変残念であり、保護者の皆様にもご参列いただけず申し訳なく思っています。保護者の皆様には、浦定を信頼し、密接な連携を図っていただくとともに、力強いご支援とご協力をいただけますよう、皆さんからも伝えていただければ幸いです。

 それでは、皆さんが浦定での生活を思い切り楽しみ、たくましい一人前の大人へと成長してくれることを心から願い、式辞といたします。

 

  令和二年六月一日

  埼玉県立浦和高等学校長 水石 明彦