校長講話(定時制)

2020年8月の記事一覧

二学期始業式 講話

 2学期になる頃には新型コロナウイルスの感染拡大も沈静化しているのではないかという、淡い期待は見事に裏切られました。状況は改善の見通しが立たず、長期戦を覚悟しなければなりません。

 長期化するとだんだん意識が緩んでくるのが人の常ですが、今一度意識を強く持って、引き続き感染拡大防止の対策を個々の責任でしっかりとりつつ、制約のある中でも充実した生活を続けていきましょう。

 

 さて、コロナ禍では、やりたいと思うことでも制約があってできないことが多々あります。行きたい所があっても、行動自粛の中で我慢せざるを得ない。見たいイベントも開催されなかったりする。そう考えると何ともやるせなく、一気にストレスが溜まりそうです。でも、じゃあその打開策があるかといえばありません。自分ではどうしようもないことです。

 自分ではどうしようもないことに遭遇した時にどうするか。参考までに個人的に常に意識していることを紹介します。それは、自分の力の及ばないことをあれこれ考え、悩んでも仕方がない、ということ。つまり、自分の力の及ばないこと、自分ではどうしようもないことにあれこれ悩むより、自分ができることに全力を尽くすことが肝要である、ということです。

 できないことを残念がっているのではなく、趣味でもアルバイトでも、もちろん勉強でも、やる時間ができたと前向きにとらえてチャレンジすることが大切ではないでしょうか。人は気持ちの持ちようで、ストレスのかかり方も変わればやる気も変わります。

 アドラー哲学って聞いたことがあるでしょうか。その中には、「課題の分離」という考え方があるそうです。そこでは、ある課題があったとき、それは誰の課題なのか、その課題に対して行った選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのは誰なのか、ということをはっきりさせることを迫ります。そして、最終的に引き受けるのが自分であるものは、自分の課題として引き受けなければなりませんが、そうでないものは他者の課題ですから踏み込んではいけない、と説いています。例えば、勉強するという課題は、間違いなくその本人の課題です。ですから、学校で先生方は皆さんを励ますべく精一杯の援助や声掛けはできますが、皆さんが自分の責任において勉強に取り組まなければなりません。仕事についても同様です。一方で、親しくても他者の課題には、無責任に踏み込むべきではない。結末を引き受けるのはその他者なのだから。そのかわり、何もできないのかといえばそうではなくて、必要となればその人のためにできるかぎりの援助はできる。そう説いています。

 制約のある日々がしばらく続くとしても、できないことを嘆いていては何ら建設的ではありません。自分の課題として、勉強はもちろんアルバイトや自分なりの興味や関心のあることなどで、やれることはまだまだあるはずです。できた時間を有効に使って、是非できることにチャレンジしてみてほしいと思います。